ラカン・クリステヴァの精神分析理論を文学の表象理論に応用するために試みたのは、以下の諸点である。1.ラカンの物理学的な光学モデルの変運過程を三つの図式=段階にまとめ、その分析を通じて、想像界(鏡像段階)、象徴界(とくに他者A)、さらに欠如する欲望対象aの観点から現実界の構造を明らかにした。ジジェクをも援用しながら米映画『マトリックス』に、この光学モデルを応用し、ついで村上春樹の『海辺のカフカ』に第三段階の光学モデルを適用して、その空間的時間的構造を分析した。2.フロイトを越えるラカンの昇華概念によって、芸術が現実界の<もの>(象徴界では<空>として顕現する)の襲撃を、様々な表現媒体を用いて象徴化する企てであることを、明らかにした。3.精神分析理論にとって、「去勢」が象徴界に参入するパスポートであるなら、男性と同じ去勢を経ない女性にとってエクリチュールは可能なのか、さちに女性への恐怖と差別のメカニズムを、連合赤軍事件を題材とする立松和平の『黒い雨』に探り、これを聖書における女性への嫌忌と結びつけて究明した。4。ボロメオの結び目はラカン理論の集大成であり、それ以前に展開された数々の理論がこれに収斂する。このトポロジーの導入により、精神病は現実界、象徴界、想像界の三つの輪の解離として捉え直され、これを補填する第4の輪が「<父-の-名>」として付け加えられて、病態化するのが阻止される。この様相を、ジョイス、キリスト教神秘主義、三位一体説の中に探り、表象理論との接続を模索した。
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