今年度当初に提出した「平成16年度科学研究費補助金交付申請書」中の「本年度(平成16年度)の研究実施計画」欄に基づいて研究を実施した。「研究実施計画」の項目別に述べると、 1.資料については、 (1)本学に未所蔵の自然主義期の作家たち、なかでもゴンクール兄弟やゾラに関する文学テクストおよび文学研究書 (2)同時期のディジタル化された文学(および医療)関係テクスト (4)十九世紀後半から二〇世紀初頭にかけての医療に関する歴史学、医学史研究書 を中心に収集し、本研究の基盤固めができた。ただし(3)に掲げた十九世紀後半から二〇世紀初頭の医療言説に関する古書はほとんど収集できず、来年度以降の課題となった。 2・3の計画については、ゾラのルーゴン=マッカール叢書全体の構成原理である遺伝に関して、当時の支配的医療言説を把握することに努めた。プロスペール・リュカ(1808-85)、ベネディクト・モレル(1809-73)、モロー・ド・トゥール(1804-84)が、今では旧弊で、疑似科学と見なされるような遺伝理論を主張し、同時代の人々に広範な支持者を見いだしていたようである。ゾラの小説を可能にし、またそれを制約するこれらの遺伝理論を、今度は小説のナラトロジーの側面から検討したい。 なおゾラの遺伝理論理解を赤裸に体現した、殺人を犯す主人公を描いた『獣人』を翻訳し、藤原書店より公刊した(平成16年11月)。 4.十九世紀後半に医療言説が近代的脱皮を成し遂げられたのはとりわけパストゥールの細菌理論に負うところが大きい。今年度はパストゥールを中心に細菌理論の成立を歴史的に跡づけることに努めた。その過程で十九世紀医療に関する歴史家ピエール・ダルモンの大著『人と細菌』の前半部を翻訳し、共訳者の後半部とともに今年度中にそれが刊行される運びとなっている。
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