本年度は研究最終年として、成果報告にあたる論文前半部を執筆し、ルソー、シャトーブリアン、サント=ブーヴのテクストに即して具体的に群集という表象の機能を論じた。以下にその要点を記す。 ルソーにおいて、都市空間に居住する個々人が集合体として出現する現象としての偶発的群集を暗示する「この広大なる世間という砂漠」という表現は、未だ、集塊としての群集の即物的な現前よりも、むしろ社交的な関係性の網目としての人間社会の「非人間化」を問題としていた。シャトーブリアンに至り、「広大なる人の砂漠」は明確に「群集」(foule)の同格表現となる。いずれにせよ、この「砂漠」という比喩の背景には、伝統的共同体に固有のエートス(生活倫理)の解体、諸個人における帰属すべき場、および帰属感の喪失という現象が徴候的に示されている。このような徴候を敏感に感知したのが、スイス人のルソーであり、ブルターニュ出身のシャトーブリアンであった。シャトーブリアンの例において、孤独を求める主人公ルネは、ルソーの登場人物サン=プルーとは異なり、都会の荒涼たる群集のうちに匿名の個人として埋もれることに、逆説的に、束の間の安らぎを覚えるが、そこには群集に対峙する主体の特権的自我の意識、差異の意識が強く作用していることが指摘される。サント=ブーヴにおいて、はじめて、主体は特権的自我であることを保証されることなく群集のうちに埋没し、その匿名状況において綻びていく自我に激しい不安を抱く。そこには、都市空間にしか帰属しえず、にもかかわらずその状況を肯定しえない主体の葛藤が、近代特有の意識の病例として、露呈することになる。
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