ローマ帝政期の哲学者・政治家セネカは皇帝ネロの教育掛りであり兼政治の相談役で有名である。なお、ネロのローマ元老院の演説はことごとくセネカの書いたもので、セネカはネロのゴーストライターと言われている。このネロはキケローと並んでローマの哲学最大の哲学者であり、ローマの哲学形成を力強く遂行したローマ哲学の恩人である。そしてキケローと共にセネカはヨーロッパ中世においては宗教思想、ルネサンス期には演劇や文章修辞へ、近世フランス(啓蒙主義時代)にあっては人心の内面の省察、自立的精神の造形更に人権や自由思想、その上国家や法の原本についての驚くべき影響を行使した人物である。ヨーロッパ精神史上キケローとセネカの役割と貢献は、研究の進展と共に高く評価されている。さてセネカはキケローと違う顕著な一点を有する。それは悲劇という領域での業績である。ローマには我々の予想とちがって、ギリシア以上に大勢の悲劇作家が輩出したが、執筆作品の凡てが断片でなくまとまって伝達されている作家は殆どセネカのみである。ネロの家庭教師は哲学をいくら教えても乗ってこないネロへ、悲劇作成による文章的人間形成を教えるために、悲劇にむかったとも伝わっている。とにかくセネカはキケロー以上に悩み、悲しみ、絶望し、何の救済もない世に投げ出された個人を骨のずいまで哲学した。この立場この目線からセネカは悲劇を次々と手がけた。ここを追考してきた。
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