ケベック演劇において、アイデンティティは最も重要なテーマの一つであるので、多くの社会的マイノリティーが1980年代にカムアウトしてくるとき、それが参照されることが少なからずあった。例えば、先住民作家である、トムソン・ハイウェーは『居留地姉妹』で、クリー・インディアンの言葉を交えて、部族の女たちの悲喜劇を描いた。そこにはケベックの女性を描いたミシェル・トランブレーの『義姉妹』の影響が明白に見て取れる。また、英語圏カナダにとって、ケベックを取り込むことは多文化主義にとって必要かくべからざることなのである。 それに対して、仏語表現演劇において、時代に応じて形式を革新し、新たな演劇言語の探求を始めるとき、問題になっているのは「静かな革命」期以来の自らのアイデンティティ探求であり、英語表現演劇を参照する必要はなく、その影響はほとんど見あたらない。1980年代、ケベック演劇の特徴の一つは、自己洞察的、回顧的である点であろう。ミシェル・トランブレーの『五人のアルベルチーヌ』やミシェル・マルク・ブーシャールの『孤児のミューズたち』などをその例としてあげることができよう。
|