本年度は、専門的な知の形成が植民地主義およびナショナリズムとどのように関連しているかを追求した。文学テクストで分析の対象としたのは、ダフニ・マーラット、フレッド・ワーなど、主にマレーシアと中国に関わる文学テクストで植民地主義の経験を扱ったものである。植民地教育と学問領域の形成に関しては、カナダの公文書館、英国図書館などで得た資料の整理と解読を進めた。ワーに関しては、日本への紹介を兼ねて考察の一端を「ハイフンからの眺め-フレッド・ワーとカナダ文学の文脈」(現代詩手帖)に発表することができた。 8月にはカナダのヴァンクーヴァで中国系・マレーシア系の作家と植民地主義の関係について調査と聞き取りを行った。また、上海社会科学院主催のアジア研究に関する国際学会、"The Future of Asia" International Convention of Asia Scholars 4で報告を行った。同論文、"The Representation of Education and Knowledge in the Works of Michael Ondaatje"は、オンダーチェのテクストにおいてスリランカのナショナリズムが、いわゆる第三世界における知の継承と学問の有効性の問題として主題化されていることを論じたものである。 また、かねてより日本語のディアスポラ作家についても知の継承と表象の問題がどう前景化しているかに注目してきたが、10月にニュージーランドのワイカト大学で水村美苗に関する報告を行ったことは、在カナダの作家との比較がしやすくなった点で、本研究課題の進展に役立ったといえる。 これらの活動を通して得た知見をもとに、テクスト分析を進めるとともに、植民地教育の実態に関する資料の収集と理解に努めている。
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