本研究は、1980年代以降の移民作家による文学を、「教育」と「知の様式と生産」という視点から論じようとしたものである。植民地体制下の教育や、その遺産を享受せざるをえなかった作家たちが、多くの場合、成長期を過ぎてカナダに移住し、作家として過去をどのように表象しているか、また「知」のありかたをめぐるどのような問いかけや問題意識がテクストに反映されているかを探ることが、主眼であった。方法論の特徴は、ポストコロニアル研究の概念的枠組みを利用しつつ、個々の作家や作品の歴史的背景の具体性を重視し、できる限り歴史資料を用いた点にある。それにより、植民地化をとらえた彼らの歴史観をフィクションの道具立てとして理解するだけでなく、ポスト植民地主義がみせる傾向として論じる可能性がひらけた。また、現代カナダの文化・社会状況がその歴史観や視点をどう形作っているかという問題にもふれることができた。 研究の実施は大方計画通りに進めることができた。成果のうちオースティン・クラーク、ダフネ・マーラットを直接とりあげたものは未発表であるが投稿の予定があり、また全体を統合した研究成果を出版すべく準備を進めている。 本研究の実施により得ることのできた知見は、次のようにまとめることができる。作家たちは、啓蒙主義を源とするヨーロッパ中心主義的な人文主義・人間主義を拒否し、独立前後に多くの植民地がとった職能や実用重視の教育方針に批評的な目を向けた上で、新たな人文主義の可能性を探るかのように自らの文学や執筆行為に社会的な価値を付与しようとする。その価値は、多くの場合、特に1970-80年代におけるカナダの社会的目標であった多文化主義に基盤を置くものであるといえる。
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