大衆演劇の影響に関して、二つのテーマに沿って研究を進めた。一つ目はメロドラマ『ロベール・マケール』から派生した戯曲、冊子、諷刺画、小説・箴言集、生理学ものなどについてである。3編の戯曲では『アドレの宿』と『ロベール・マケール』を想起させる場面が含まれていると同時に、それぞれの作品が制作された時代の空気を看取させる工夫が凝らされている。5編の冊子の殆どが匿名の作者によって書かれているが、原作とは異なる時空にロベール・マケールとベルトランを移動させ、彼らの目に映る政治・社会状況や芸術作品についてコメントを加えさせている。諷刺画《ロベール・マケールシリーズ》では、お金を崇拝する世相がモラルの低下を招いている現実を、ドーミエが変幻自在の主人公に投影し、フィリポンが説明文を補っている。2編の小説・箴言集の主人公は、弱者擁護の立場から当時の社会組織を糾弾する言葉を連ねる。『ロベール・マケールの生理学』の作者は、各職業の実態や人間の裏の顔を鮮明に描写する。何れのジャンルにおいても、主人公たちは諧謔を弄しながら、当時の政治・社会の実態を次々と具現していく。また、棍棒や雨傘を手にして舞台や挿絵に現われる二人のならず者は、文学史上の一つの定型である「王と道化」の関係を思い起こさせる。二つ目はロベール・マケールに関心を抱き続けたバルザックの短篇小説、『魔王の喜劇』における諷刺の手法についてである。劇のような形式を用いて、作者は第一部では地獄の魔王が劇場を作り、新しい劇を上演させるまでの過程を描く。主要テーマは文学上の諷刺であり、新旧論争やアカデミーに関する批判、さらに演劇界の内幕などが盛り込まれている。第二部では、戯曲の舞台と観客の反応を通して社会、政治、法律、宗教の実態が知らされ、様々な場面で七月王政に対する諷刺が見られる。
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