本年度は、朝鮮王朝における『三国志演義』板行の実態を把握し、それら版本がいかに日本に流入したのかという点を中心に調査し、以下の研究・調査結果を得た。まず朝鮮版『三国志演義』には、明刊本の、俗に周日校本と称されるものを底本とするテキストと、清代以降の流布本である毛本(『四大奇書第一種』と題するテキスト)を底本とするテキストの二つの系統があることが判明した。後者は中国においても流布本であっただけに朝鮮版も多く、日本にも少なからず舶載されている。しかし前者の周日校本の朝鮮版は、成立の時期が毛本の朝鮮版よりも早い(一説に仁祖五年1627)こともあってか、現在の韓国においても伝本は稀であり、日本の公共の図書館等においては未だ所蔵が確認できていない状況である。よって、本テキストが日本に舶載されたか否かもまた確認できないが、今回、韓国ソウルの東国大学校に所蔵される本テキストの零本(巻五のみ伝存)を実際に調査する機会を得たので、それを日本における『三国志演義』の翻訳である『通俗三国志』(元禄四年1691)と対照した。その結果、『通俗三国志』翻訳の過程で、周日校本-明刊本・朝鮮刊本の別は判然とはしない-が参照された可能性が認められた。そして、仮に『通俗三国志』翻訳に用いられたテキストが朝鮮版であったとするならば、中国の小説がいったん朝鮮半島に入り、そこで新たに印刷し直された後、そのテキストが日本に輸入されるという書籍流通の経路があったことが確認され、東アジアの文学・出版をめぐるネットワークに新しい光を照射するであろうことを示唆した。以上の内容を、拙稿「朝鮮版『三国志演義』管見-『通俗三国志』との関連をめぐる試論」(『漢文學 解釋與研究』第九輯所収。2006年12月刊)にまとめた。
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