平成19年度の研究成果は以下の通りである。 1 ジョセフィン・バトラーの性病防止法廃止運動は、女性による組織的な活動のなかでも特に興味深い要素を含んでいる。中流階級のりベラルな女性が中心であったことは他の女性運動と共通しているが、バトラーたちは階級とジェンダーを超えた運動を展開し、英国の下層からの性の意識改革を目指したのだ。さらにインドにおける運動では、帝国主義の「欺瞞」を詳らかにし、道徳的に修正しようとした。女性の身体を公が管理するという規制を撤廃しようとするバトラーたちの運動は、女性が自らの身体を家父長的権威から取り戻すことを意図したものだと考えられよう。 2 メアリ・カーペンターによる最下層の子どもたちへの教育と、青少年犯罪への取り組みがthe Youthful Offenders Act(1854)となって法案化されたことは、慈善活動を通じて自らの行動力、発言力、政治力を発揮しようとしたフェミニスト女性の模範となった。バトラーと同様に、カーペンターの活動も国内からインドへと拡大した。四度に渡るインド訪問によって現地の人々と接触し、文化を吸収したために、インドをめぐる彼女の著述にはインドの人々との心理的距離は少ない。カーペンターの英国とインドにおける活動は、Anna JamesonがSisters of Charity(1855)において推奨した「社会を慈しみ、浄化する」という役割を足がかりに、女性が公的領域への参入を実践した好例だと言えよう。カーペンターは大英帝国の覇権に寄り添いながらも、家父長的支配に抵抗し、その修正の過程に自らの存在意義を刻もうとしたのである。 3 拙論、「ヒロインのまなざしに潜む政治性-エリザベス・ギャスケルの『北と南』」、柳五郎編著『ザルツブルグの小枝-柳五郎教授傘寿記念論文集』(大阪教育図書、2007):571-81において、労働者へ共感を寄せるヒロインの慈善的行為と政治性の関連を、階級とジェンダーの視点から考察した。
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