本研究課題は、十九世紀の英国とインドにおいて社会改革に関与した女性たちの執筆活動を検証しながら、英国女性の自己と他者の政治的表象を考察することを目的としている。本研究報告書では、両国の衛生改革に携わったフローレンス・ナイティンゲール(1章)、英国では貧民層の、インドにおいては女性の教育改革を推進したメアリ・カーペンター(2章)、そして両国の性の二重規範を是正しようとしたジョセフィン・バトラー(3章)を中心に取り上げる。 ナイティンゲールは英国内において、家族の心身の衛生管理を女性に託すことにより、他国に優越する国民像・国家像の構築に寄与し、植民地政策に対しては宗主国としての誇りと責務を進言して、インドの公衆衛生と土地所有制度の改革を推進した。大英帝国の道徳的守護者としてのナイティンゲールにとり、英国の下層階級、インドの人々、ときに政府さえも「病める」他者であるがゆえに、その浄化の対象となったのである。 カーペンターの国内とインドの教育改革において、家父長的な大英帝国から見放された文化的な「他者」にイングリッシュネスを育むという彼女の「使命」の遂行は、帝国主義的な公理とフェミニストの政治的主体の追求とが複雑に連鎖した様相を呈している。「父なる」権威に対抗する帝国の、そしてフェミニストの「母」として、カーペンターは大英帝国の道徳的再生に女性のイニシアティブの必要性を主張したのである。 バトラーの性病防止法撤廃運動は、階級とジェンダーを超えて、英国の'promiscuity'な側面を修正しようとした。ナイティンゲールとカーペンターが公的領域に参入した際に利用した女性の「道徳的優越性」が、女性の身体の回復を目指したバトラーの戦いにおいても、家父長的権威への抵抗と修正に不可欠な政治的な「力」へと変容しているのである。
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