前年度の研究成果、すなわち(1)中国古典詩歌の二大規範「唐音」「宋調」の間に展開する「唐宋詩の争い」を見るには、宋代以降の唐詩選集の入選状況をつぶさに調査検討する必要性があること、(2)唐詩の受容の実際は、入選状況と各作品に付された注釈によって窺い知ることができること、(3)唐詩選集としては、『唐百家詩選』『三体詩』『唐詩鼓吹』『唐音』などが典型的であること、などの諸点をふまえて本年度は調査研究した。 (1)については、上記『唐百家詩選』『三体詩』『唐詩鼓吹』『唐音』などをっぶさに調査検討した結果、それぞれの選集の所収状況は成果報告書に付載したように、中唐・晩唐期の詩人が大勢を占めていることが判明した。これは、宋初以来の好尚が反映しているとともに、作詩人口の増加に伴い、規範性のある作品が受け入れられたこと、いわゆる「盛唐の気象」は規範としては模擬しにくいこと、また宋以降の新たな規範「宋調」が中晩唐詩の中から醸成されたことなどが背景にある。 (2)については、とくに施注といった観点から、伝本と注釈の多さから『唐詩鼓吹』および『唐音』に注目し、いくつかの作品を例にとり、その実際を調査した。とくに前者においては多様な伝本から、金以降の歓迎された受容の実態が窺われ、無注本・〓天挺注・参評・眉批・参解にいたる各種施注の累積から、伝統的な名物考証や出典考証を主とする経学的な立場から作品そのものの構成や表現、解釈に関わる注釈へと推移する好個の例といえる。このことは、また(1)に指摘したことがらと連携すると考えられる。つまり、従来の伝統的な経学を軸とする知識教養人の文化の担い手だけであった状況から、より広範な作詩人口の膨らみより、期待できる前提条件が変化し、より作品に即した解釈が求められた趨勢が背景にある。 (3)については、後世喧伝される明代の『唐詩選』が、古文辞派の主張を代弁するものとして流行したが、反面上記の諸本の文学史的な位置と評価を閑却させてきた嫌いがある。したがって、宋・元・金期旨における唐詩研究は、この時期の文学活動の把握のみならず、後世へ展開推移する文学史的な観点からは不可欠であり、その一斑は示し得たと考える
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