今年度は、文献資料の調査・収集および各種写本の読解・分析に研究の重点を置いた。西方諸言語関連では、「スッタニパータ」(犀の章)パーリ語原典とガンダーラ語写本の対照読解を終え、次に「法句経」のテキスト形成の分析を、パーリ語原典、ガンダーラ写本、ウダーナヴァルガ等の比較検討を行いつつ進めた。その過程で、「ブッダのことば」の中核は言語的な変容にもかかわらず、かなり忠実に伝承されているが、単位となる韻文の配列や選択範囲については、相当大きな変動があることが明らかになった。さらに、社会的共通認識により、写本が部分的な改編を被る事例も幾つか見いだされた。一方、支謙漢訳の「法句経」とこれら西方諸写本との関係についても、考察を深めた。漢訳「法句経」は維〓難本、竺将炎本および葛氏本から成るものと推測されるが、その三本がそれぞれ西方写本と対応関係をもつようであり、漢訳に際し、支謙がどのような意図でテキストの再編纂に臨んだかを、検証した。その意図は西方写本編纂の場合と重なる所が多いが、しかしまた、老荘言語の使用に頼らざるを得ないこと等、漢訳独自の条件や制約もあることを、訳語の分析を通して検証した。ここで、「老子」のテキスト形成との接点ができる。この方面では今年度は特に、楚簡、帛書に続く漢・魏時代の早期老子テキストの形成に焦点を当てて調査・研究を行った。そのなかで、古王弼注本がもっとも正確に古型を保っており、帛書本の忠実な継承であることを確認し得た。また、唐代の「老子傅奕古本」が、項羽妾本を中軸にして、よく漢代の古型を復元し得ていることが、楚簡・帛書にまで遡源して写本形成史を再吟味することにより、明らかとなった。「仏」「老」の古写本は系統的に流伝されているが、時に系統を遡及したり、独立的に改編・補充が行われたりする。この複雑な写本形成の動きを、今後「聖典の言葉」の性格と関連づけて、さらに考究してゆきたい。
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