統辞法的分析のために、新約聖書ギリシア語からゴート語訳がなされているパウロ(の名による)書簡の本文とアルメニア語テキストおよびゴート語テキストの対照テキストを作成した。また、新約聖書のアルメニア語訳『ゾフラブ聖書』から「使徒にして神学者福音書記者である聖ヨハネの黙示録」のromanized textをアクセント付きで作成した。ゴート語訳聖書には「黙示録」の翻訳は残っていないが、アルメニア語統辞法研究にとってはきわめて重要な資料であるという理由からである。新約聖書ギリシア語とアルメニア語およびゴート語との間に見られる対応関係およびその異同を節構造に関して考察し、それぞれ独自の統辞法的規則が働いていることを明らかにしようとした。今年度は特に疑問文に焦点を当て、諾否疑問文、否定辞を伴う疑問文、疑問詞を伴う疑問文を中心に据えながら、さらに二重疑問文と従属疑問文をも考察した。諾否疑問文ではアルメニア語の特徴として、文頭語に置かれる疑問標識(paroyk)は焦点化との関連で捉えるべきこと、否定辞を伴う疑問文ではゴート語のnibaiが否定の返答を強調する修辞的色彩の濃い疑問文に用いられて、アルメニア語にはこうしたニュアンスを示す表現が見られないこと、そして二重疑問文ではアルメニア語で疑問標識が第一選択項にのみ添加されるという特徴は、疑問の対象語が文頭位置もしくはその付近で焦点化されるというアルメニア語的特徴と関連していることを指摘した。最後に、アルメニア語の間接疑問文はゴート語の間接疑問文と同じではなく、直接疑問文と機能的に接触した従属疑問文であることを明らかにして、ゴート語とは統辞類型的に異なっていることを論証した。
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