研究概要 |
音韻現象を制約の観点から捉えるという試みを方言のデータに基づいておこなった。具体的には大阪弁(関西弁)における呼称選択に関する言語現象である。関西方言ではサ音が弱化して/h/となる現象があり,呼称選択にもこれが反映されている。その代表的な事例が「田中はん」というような形式である。しかし,この形式は氏名が/N/で終わる場合(例えば「伴」)や,氏名が高段母音/i/u/で終わるような場合には避けられるということが知られている。また,高段母音でも「シ」「ス」「チ」という音節で氏名が終わる場合には,「はん」を避けるだけではなく,促音化する(菊池〜kiku Qtsa N)ことが各種のデータから知られている。この現象を統一的に説明するための仕組みを提案した。日本語におけるいわゆる撥音は隣接する分節音の調音点を引き継いだ音声形式をとることに着目し,呼称/han/が/N/で終わる氏名に接続しない理由を制約*[Glottal,Nasal]に求めた。つまり,声門摩擦子音は/N/に調音上の情報を与えることができないという制約である。この制約は音声学的な根拠をもつものである。また,高段母音は聞こえ度が最小の母音であることから,/h/で始まる呼称とは相性がよくないという見通しを得ることができる。そのために「さん」がインフォーマルな場面でも使用されることになるのである。一方,氏名が高段母音で終わり,かつ,その音節の頭子音が/s//t/の場合には/san/を使用するだけではなく促音化がおこなわれることになるのである。その理由は,高段母音の両隣に無声の歯擦子音が配置されるという音韻環境が発生するためである。このような場合の選択肢として浮かび上がるのが「促音化」ということになるのである。
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