研究代表者は年来蓄積してきたモンゴル語仏典の文献学的・言語学的研究の経過において、モンゴル文語成立にあたっては、期をほぼ同じくしたチベット仏教のモンゴル弘通にともなう訳経のための言語、すなわち仏典モンゴル語が大きな契機として作用したとの見通しに得た。本研究は、この見通しに基づき着想されたものである。文献の絶対量が少ない13世紀前半のモンゴル文語成立期はさておき、1269年以降の元朝時代の世俗的な文献を精査したところ、仏典特有のチベット語の直訳形式が、ジャンルの違いを超えて、頻繁に使用されていることが明らかとなった。これは、当時の口語を反映した文献資料-漢字で表音表記された、民族叙事詩の色合いが強い歴史文献である『元朝秘史』はその好例である-には見られない特色であり、文語と口語は同じモンゴル語とは言いながらも、様相を異にする面があることが明らかとなったのは大きな収穫といえるであろう。この特色は、17世紀以降の仏教の第二次弘通以降に確立きれたより規範的な文語においても継承されていることも確認された。文献言語の接触を含む広義の言語接触が文語形成にあたり契機となる現象は、世界の他の地域においても目途されている現象であるが、それがモンゴル世界においても確認されたことは、本研究の一定の成果と考えてよい。本研究の成果は、本年9月にトルコ共和国アンカラ市で開催予定の国際アジア北アフリカ人文学会で発表される他、現在、学術誌雑誌に投稿中である。
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