研究概要 |
最適性理論(OT)にはいくつかの理論的問題があるが、そのひとつに言語の随意性の問題がある。今年度は、統語論を中心に、この随意性に対してある程度の方向性を見いだすことに重点をおいた。 統語論的随意性の現象としては補文標識削除がある。OT内部でも、いくつかのアプローチが提案されてきたが、本研究では、Bakovic and Keer(2001), Kurafuji(1997)で示された中和化のアプローチを修正/発展させることとした。ただし、Kurafuji(1997)では前提とした言語分析が、その後の研究によりそのままでは使えないことが分かってきたので、中和化を支持するための新たな議論構築に着手した。 これまでの先行研究のポイントは動詞移動と補文標識の削除が関連しているという点である。Kurafuji(1997)は、動詞句削除に基づくOtani and Whitman(1991)等の分析に従い、日本語でも動詞移動があると仮定して、東京方言と関西方言の補文標識削除の違いを議論した。しかし、Fukui and Takano(2003)等で、日本語の動詞移動をする積極的な証拠はないという主張がなされている。Koizumi(2002)のように、日本語の動詞移動を主張する論文もないわけではないが、それほど説得力があるようにも思えない。そこで、日本語で動詞句移動がないとすると、日本語の補文標識削除が、いくつかの言語で観察される動詞移動と補文標識削除の相関と、どのように結びつくのかを考察した。現段階では、依然、中和化のアプローチが優れていることになるという結論に至った。 意味論/語用論の分野では、信念文における照応形は指示詞として扱う分析を提案した。OTは用いなかったが、今後、代名詞/指示詞の選択の問題を考える際に必要となるであろう。
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