研究概要 |
今年度はまず8月に中国青海省共和県で同県および隣接する興海県のアムドチベット語および漢語の方言の音韻の世代差の記述を行った。チベット語は牧民と農民とで言語がやや異なるのが特徴であるが,そのいずれについてもこれまで他で行ったどこの言語の世代差調査とも違い,ほとんど音韻の世代差が見出されなかった。このこと自体,アムド方言がチベット語の古い音韻特徴をよく保存する古風な方言であることとよく呼応する事実であり,短いタイムスパンで正確に音韻が伝承されるため,長い時間を経ても古い特徴が保たれるわけである。また同地ではかなり特殊な二重調音が観察され,近刊論文でそれを報告しておいた。アムドチベット語は非声調言語であるが,音調に一定の型が認められ,イントネーションも存在することが認められ,記述を行った。そのあとミャンマーに赴き,ビルマ語方言の記述を行い,更に9月には台湾・台東市の知本のプユマ語の音韻の世代差の記述を行った。プユマ語はいわゆる危機言語の一つであり,47歳の話者が一番年少で,それより下の世代は中国語にとりかわっている。八十代,七十代,四十代の三人の話者を記述したが,かなりの世代差が存在することが認められた。また以前の記述と比べても音韻体系の違いが認められ,それはこの数十年にかなり大きな変化が進行したことを物語っている。今年度はチベット・ビルマ語系,漢語,オーストロネシアの三言語群に見られる音韻の世代差の実地調査から,バラエティーのある言語における音韻の世代差の実態を捉えることに成功し,より言語普遍に近い方向性を帰納することが可能になりつつある。
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