古代日本語の動詞による名詞修飾機能の統語構造を解明するための基礎的な文献資料調査を行った。奈良時代語におけるこの種の典型的形式である能動態による名詞修飾の実例ともに、平安時代以後出現するとみられる受け身形式(る・らる)を用いた名詞修飾の用例に関して重点的な調査分類を行った。未だ初年度の調査のため、奈良時代と平安時代を俯瞰する見通しを得るに至らないが、当該研究のために購入した電子機器を用いた分類作業が比較的順調に推移した結果、次年度以後の結果がある程度予測できる結果を得ている。すなわち日本語の動詞による名詞修飾の機能は奈良時代において、リ、タリ、ナリを標識とする能動形式から平安時代において受け身ル・ラルを標識とする形式に次第に拡大発達を遂げたことである。この事実はあたかも英語において動詞の名詞修飾が現在分詞と過去分詞とを併用するという一般的現象にも通じる現象としてきわめて注目される。その際、すでに明らかにしているリ、タリ、ナリに上接する動詞には自動詞が多いという実態に対応して、ル、ラルを用いた名詞修飾用法の動詞群には他動詞が分布する傾向が強いという見通しを得た。かかる実態も日本語にとどまらない一般言語学的現象であると思われる。次年度以後、この見通しを補強してさらに歴史的な考証を踏まえる予定である。文献調査を始め、消耗品にかかる費消状況も良好である。また今年度は、上記の本体研究に平行して奈良時代語研究の基本的枠組みとして近世以後大きな説明力を発揮してきた五十音図に関する学説史的研究に具体的進展があった。すなわち鎌倉時代以後、音図の行所属に錯誤があった「おを」に関して本居宣長による訂正があったことは知られているが、この業績は、宣長自身が有する音韻体系に原因があったことが判明した。このことによって音図の「おを」の行所属が正され、古代語解釈の方法としての五十音図がテクストとして安定し、以後音声学のみならず古典文法の不動の枠組みとして大きな基盤を得たことを論証した。古代日本語の文法体系の解明は、五十音図を巡る学説史と連動することによって説得力豊かなものに展開するという見通しを得ることができた。次年度以後は、古代語の本体研究を補助する学説史に関する資料調査についても計画している。
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