本研究は、万葉仮名文献と後代の中国資料、すなわち広義の音訳漢宇資料に属する資料群を総合的に分析し、各時代の中国語の音韻体系と音声の様相に照らして、日本語の音声・音韻の具体相を探り、文献時代の日本語音韻史の再検討を試みたものである。 万葉仮名文献については、日本書紀の歌謡・訓注の本文データベース、音仮名漢宇原音データベース、日本書紀古写本声点データベースを作成し、原音声調と平安時代中央語アクセントの対照を通じて、奈良時代中央語アクセントを推定する方法を種々考察した。 日本書紀の一部の巻(主としてα群に属す巻々)において原音声調平声が平安時代の高拍に、同じく上声・去声が同じく低拍にほぼ対応することを明らかにするとともに、上声・去声の使い分けの有無、原音声調の陰調・陽調の相違の反映の有無などを種々検討した。また、日本語の母音と漢宇原音声調の相関性に関しても検討を試みた。 また、後代の中国資料については、江戸時代日中貿易の現場で編まれた音訳漢字資料、翁広平『吾妻鏡補』所載の『海外奇談』ならびに『東洋客遊略』の本文データベースおよび音訳漢字索引を作成し、唐通事の言語生活の実態を探るとともに、中国語音との対照を通じて江戸時代肥前方言の音韻体系を考察した。 その結果、ハ行子音の音価や、母音/オ/の円唇性、濁音における前鼻音の存在などを推定することができた。また、『東洋客遊略』の記載内容を通じて長崎町名の史的変遷につき考察を行った。
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