鎌倉時代語の研究は依然として研究が最も立ち後れた領域であり、当代の文語規範の弛緩及び口語的徴証の混入の実態を国語学的観点から体系的に解明するには到っていない。そこで鎌倉時代書写の一等資料に基づく鎌倉時代語コーパスの作成を企図して、特に一等資料が多く伝存している聞書、注釈書類の発掘的調査研究を推進した。今年度は、高野山大学図書館寄託本の中から、「大日経疏聞書」「大日経疏伝受抄」「十住心論聞書」(二種)を中心に、原本調査を実施すると共に紙焼き写真を入手し、解読と用例の整理とに努めた。特に用例の整理に際しては、コンピュータを利用して本文を電子テキスト化して、データベースとして利用できる形に加工することに務めた。高野山に伝存する聞書、注釈書類は膨大な数に上るものと推定されるが、未だ国語学的観点からの研究が十分でなく、具体的な伝存状況や資料的性格が解明されているとは言い難い。特に、高野八傑の一人である性厳房宥快や釈迦文院快全が活躍した中世前期は高野山教学の爛熟期であって、極めて多様な聞書、注釈書類の成立が期待される時期でもある。前掲の文献の内、特に「大日経疏伝受抄」と「十住心論聞書」との二文献はこの時期に成立した代表的な聞書類であって、片仮名交り文の部分も多く、国語史資料としての価値も高い。「大日経疏伝受抄」は、改編本系類聚名義抄を始めとする古辞書逸文が多く引用され、注釈方法の一方法として機能しており、中世における古辞書享受と利用の実態を探る上で好個の資料である。「十住心論聞書」は聴聞参席者による生の聞書の性格を有する稀有の文献であって、漢語の仮名書き例が大量に見られる他、十住心論の章句の注釈方法という点でも有益である。今後も高野山関係の聞書、注釈書類の発掘的調査を推進すると共に、他の寺院で成立した同時代の法談聞書類、例えば京都栂尾高山寺関係の資料群との比較等も課題として残っており、本データベースの構築を進めて総合的に考察しなければならないと考えている。
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