鎌倉時代語の研究は、依然として研究が最も立ち後れた領域であり、当代の文語規範の弛緩及び口語的徴証の混入の実態を国語学的観点から体系的に解明するには到っていない。そこで鎌倉時代書写の一等資料に基づく鎌倉時代語コーパスの作成を企図して、特に一等資料が多く伝存している聞書、注釈書類の発掘的調査研究を推進した。具体的な調査対象は以下の通りである。 1.高野山大学図書館寄託・金剛三昧院蔵「十住心論聞書」 2.高野山大学図書館寄託・金剛三昧院蔵「大日経疏伝受抄」 3.高山寺蔵「五蘊観聞書」 4.高山寺蔵「五秘密口決」 5.高山寺蔵「観智記」 6.東大寺図書館蔵「五教章類集記」 7.金沢文庫保管・称名寺蔵「解脱門義聴集記」 8.金沢文庫保管・称名寺蔵「華厳信種義聞集記」 1、2は高野山における南北朝期の教学隆盛を背景に成立した聞書類であり、4〜8は、京都・高山寺の明恵(1178〜1232)に関係する聞書類であって、いずれも聞書類から注釈書への展開を確認するための好個の資料である。総体的には強い文語規範に基づいているが、部分的にその規範が弛緩して、口頭語的徴証が混在していることが確認される。特に7、8における、明恵の講義に対する聞書部分には口頭語的徴証が異例に集中しており、明恵の口頭言語の表現特性を尊重して筆録・保存させようとした、聞書作成者の特殊な言語意識が関与していることが推定される。
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