本研究は、第二言語として日本語を学ぶ学習者に対する複合動詞の習得支援の基礎研究として行っているものである。本年度は「とる」と共起する複合動詞「〜とる」「とり〜」の意味・用法を本動詞「とる」との関連から明らかにすることを目的として、以下の2点の研究を行った。「とる」の精緻な分析によって「とる」の意味のどの側面が複合動詞後項の意味に、また前項の意味に反映しているかを探ることができるからである。 (1)本動詞「とる」の意味分析(投稿中論文) 「とる」は「取る、採る、撮る、盗る、獲る、摂る」などさまざまな感じで書き分けられるが、国語辞典ではこれらは一つの項目の多義語として扱われている。因みに大辞林第二版を引くと、大区分として10用法が並び、小区分は73項目に及ぶ。本研究では認知意味論の手法の一つである「コア図式論」を援用して、「とる」の多義的な意味を統一的に説明する原理を探った。その結果、「とる」の意味は実に単純な一つの認知図式(コア図式)で表すことができ、「とる」の多様な文脈上の意味は丁度インクのシミの見え方が角度によって異なるように、その認知図式のいずれかの側面が前景化したものであると説明できることを示した。 (2)本動詞「とる」と隣接語「捕まえる、外す」との意味的差異(北京国際シンポジウム発表、及び印刷中論文) 本動詞「とる」の意味は、隣接語との意味的差異を検討してはじめて明らかになる。そこで本研究では、なぜ「魚をとる、たぬきをとる」と「魚を捕まえる」「たぬきを捕まえる」は共に自然なのに、「亀をとる、狐をとる」は不自然で「亀を捕まえる、狐を捕まえる」は自然なのか、また「外す」についても「電線に引っ掛かった凧をとる」とはいっても「電線に引っ掛かった凧を外す」といえないのかなどをそれぞれのコア図式(語の意味範囲の全体を捉える概念)の違いから明らかにした。
|