符案とは、中近世を通じて、主として朝廷において職事を務める家の者が書留めた文書案文集のことで、応仁・文明の乱以後のものが多数現存する。その内容は、筆録者が発給に関与した朝廷発給文書とその宣下にかかわる内部文書、あるいは発給の過程で授受された文書などを書き留めたものである。これを利用することで、朝廷政治の具体相だけでなく、多数の現存しない文書の内容を知ることができる。さらに、発給担当者の手控えなので、一定度の網羅性を有し、史料残存の偶然性による偏差を補正する手がかりともなる。 本研究は、以上のように重要な意味を有するにもかかわらず、従来必ずしも十分に利用されてこなかった符案について、基礎的な研究を行い、研究基盤の整備をはかり、室町・戦国期の朝廷のあり方を検討することを目的とした。そのため、(1)符案の所在確認および所在情報の整理、(2)符案の内容の分析、以上二点の課題を設定した。 (1)については、東京大学史料編纂所架蔵の複製本および原本の調査と、符案を所蔵する諸機関に出張しての調査を実施した。さらに紙焼き写真による蒐集をはかった。(2)について最も精力を注いだのは、15世紀末期の符案『宣秀卿御教書案』の分析である。本文の翻刻、人名索引・紙背文書目録の作成等を通じ、詳細な検討を行うとともに、同書を素材に武家の官位任叙について考察した。さらに、符案は当初予想していた以上の多様性があり、基礎的なデータを蓄積する必要性を痛感し、複数の室町時代の符案の翻刻を作成した。 以上の作業と成果とを通じ、符案の史料としての有用性を明確にし、今後のさらなる研究のための基礎的なデータを提示し得た。また、武家官位の問題は、応仁の乱後における天皇と幕府との関係の変化を考えるために重要な手がかりとなることを確認した。
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