研究概要 |
本年度は研究課題を裁判制度の形成過程に置き,国内外の先行学説を整理したうえで,新たに出土した文字資料,とりわけ湖北省江陵張家山漢墓出土の「奏〓書」の分析を進め,その成果をもとに旧稿の補訂を行なった。ここで得られた最も重要な知見は,裁判を担う最末端機関である県の動向が絶えず上級機関の監察のもとに置かれていたという事実であろう。ただしそれは,上級機関さらには国家中央の意志が末端の県まで貫徹していたことを必ずしも意味しない。出土資料から読み取れるのは,上級機関との緊張関係を保ちつつ,一方では上級からの介入なくして自らの職務を全うしようとする県の小吏の姿である。つまり,あらゆる案件は原則として官僚制の末端である県において判断が下されるシステムになっていた。上級機関はそれを批准ないし監察するに過ぎない。このような体制においては,いきおい法学的知識は-意外なことであるが-最末端の小吏のもとに蓄積される。秦漢帝国という巨大な国家が,ともかくも維持されていたひとつの理由は,裁判制度から見る限り,こうした"末端の充実"にあると言えよう。
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