本研究は、10世紀アッバース朝・ブワイフ朝の書記官僚アブー・イスハーク・イブラーヒームが執筆した文書集の実態を体系的に明らかにし、それによって未だ不明な点の多いアッバース朝の文書行政制度のあり方の一端を示すことにあった。この研究の実施によっていかのような新たな知見を得ることができた。 1.アブー・イスハーク・イブラーヒーム文書集は、従来、1点の校訂本と若干の研究があるのみであった。その代表的な研究は、ハッハマイヤーによるものであったが、本研究に於いては、ハッハマイヤーが使用することのできなかった写本(マイクロフィルム/画像データ)5点のみならず、新たに3点を発見・入手し、その分析の対象とした.また、データは未入手であるが、さらに新たな写本2点の存在を確認し、学会に報告した。 2.上記、諸写本の内容の点検を行い、既存の校訂本および先行研究による写本データの報告と手元に存在する写本の比較対照作業を進めた。この結果、特定の文書の錯誤の発見、あらたな文書例の発見など、先行研究を修正すべき部分が多く発見することができた。 3.また、特にアフド文書群と称される一連の文書様式の分析から、これらの文書がクルアーン章句を多用した特定の様式を有することを明らかにした。また関連各文書の比較によって、これらの様式が、アブー・イスハーク・イブラーヒームの時代に確立したものであり、おそらく彼本人によって打ち立てられた様式であることが判明した。 4.さらに、文書における特定支配者の呼称の分析により、従来問題とならなかった支配者の呼称が、文書発行を巡る政治情勢と密接に絡んでいるのみならず、その後の年代記叙述にも関係していることが判明した。
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