研究代表者山本は江南地域における南朝陵墓石刻およびせん画に対象を絞って考察した。山本は南京・丹陽周辺の現地調査を二度試み(2005年2月・9月)、南朝陵墓26ヶ所を調査し、陵墓石獣36体のデジタルデータ4456枚及びせん画803枚、その他出土金具等351枚を収集した。報告書では「南朝陵墓有角石獣の造形的検討」として、陵墓石獣のうち有角獣20体をとりあげ、体躯造形比率・動勢表現・体表装飾文様など造形的視点より分析し、各石獣の造形展開を系統づけた。これは従来の陵墓石獣の研究が陵墓比定の研究の一環として副次的に扱われていたのに対して、造形性の研究を主眼としたものである。南北朝時代を通じて文化の中心地域であった南京周辺の石刻芸術を詳細に把握することは、環東海地域全域に分布する石造物の系譜を整理する際の原点を定めることである。研究分担者来村は「環東海地域における墓室装飾の融合性」として、環東海地域の全域に分布する壁画墓の例を広く集め、絵画表現の背景に横たわる思想の融合性を考察した。時代は前漢時代から唐代にいたる、地域は中国・朝鮮半島・日本にまたがる壁画墓から典型的な6例を抜粋し、壁画構成の背景となる思想が環東海地域の全域に広がる可能性を示唆した。具体的には、天井壁画の描写に魂の昇天を祈る思想が反映されるという現象が前漢壁画墓からキトラ古墳や高松塚古墳にいたるまでの広い時空に共通項として存在することを指摘した。この研究は我々が設定した「環東海地域」の枠組みをもって文化の深層を一律に語ることができるという見通しを開くものである。研究法においては、山本が微視的な観察を、来村が巨視的な展望を旨とした。研究対象の地域範囲は、山本が南京および丹陽周辺に限定し、来村が環東海地域の全域に広げた。一方は深く、一方は広く考察することによって、最少人数の共同研究を最大限に立体化させようと、意図的に役割を分担した。
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