本研究は、古典期におけるギリシア文明の基盤となったポリス社会が前2千年紀のエーゲ海宮殿社会からどのような構造転換を遂げることによって形成されたのかという問題について、東地中海の全域を視野に収めることにより、文字史料と考古学的証拠の双方から実証的に検討したものである。研究の第一段階では、線文字B粘土板文書の研究史を再検討する作業を通じて、一般に想定されているミケーネ社会とポリス社会の断絶について、線文字Bとアルファベットとの関係など、多くの局面で再検討の余地があることを明らかにした。また、初期鉄器時代については、クレタ島やエウボイア島の集落遺跡における最新の知見をサーベイすることにより、ポリスの形成の背景にあったローカルな集落の再編成の過程を追求した。これらの知見のもと、最終年度には、西方植民市やエジプトにおける傭兵の定住地に関する考古学的証拠を現地調査を通じて再検討することにより、初期鉄器時代から前古典期における東地中海の構造変動のなかにポリスの形成プロセスを再定位し、植民市建設と傭兵の定住を通じた人の移動の活発化と新たな世界の広がりこそが、ポリスの形成と発展を促したもっとも重要なコンテクストであることを指摘した。これらの研究成果については、その一部を海外のコロキアムや招待講演等で報告するとともに、一般向けにも単著の形でまとめ、ポリス形成期に関する最先端の研究成果を社会に還元することを試みた。
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