東方遠征中のアレクサンドロス大王にまつわる数々の神話伝説のうち、本年はゴルディオンの結び目伝説に焦点をあてた。これは遠征第2年目の前333年初め、小アジア・フリュギア地方の古都ゴルディオンにおいて生まれた。かつての王ミダスが奉納した荷車には、その轅の結び目を解いた者が王になるとの神託があり、アレクサンドロスはこの結び目を見事に解いてみせたというものである。この伝説の形成過程とアレクサンドロスの意図について考察した結果、以下の諸点が明らかになった。 1.ミダスの荷車奉納という伝承は、フリュギア人における大地母神キュベレの信仰と深いかかわりを持ち、ミダスのキュベレ崇拝から生まれた。ただし伝承が言及する王とはあくまでもフリュギアの王位であり、最大限でも小アジアの範囲を超えなかった。 2.他方でミダス王とフリュギア人はかつてマケドニアに住んでいたという伝承があり、これは遠征軍中のマケドニア人将兵には周知のことであった。 3.アレクサンドロスによる結び目の解き方には二通りの伝承があり、いずれかに決定することは不可能である。いずれにしてもアレクサンドロスは、結び目を解くことによって、自分がアジアの王たるべきことをマケドニア人・ギリシア人兵士たちに宣言した。 4.遠征に従軍していた歴史家カリステネスは、アレクサンドロスの意を受けて、フリュギア人の伝説の内容をマケドニア人に受け入れやすいように改変し、流布させた。 5.結び目伝説の成立の背景には、当時エーゲ海の制海権がペルシア側に握られていたという状況がある。アレクサンドロスはミダスの神託を利用して、遠征継続の決意を明らかにしたのである。
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