3年間の調査研究を通して得られた新たな知見は次の2点に集約される。 1:市場圏の中心となる市場町(四川農村では"場鎮"とよばれる)が動的な存在であることを明らかにした。四川農村で行ったフィールド調査に際して意外に場鎮の盛衰が激しいことを発見し、1980年代に編まれた郷鎮志によって三台県における市場町の変遷を通覧し、成立年、設立者、定期市、立地、廃絶と移転、付随事象の分析から、「創られる場鎮」像を四川農村の市場町の動的性格に対して付与した。市場町を創りだすことは、単に経済活動の拠点の形成を意味するだけでなく、社会・政治・文化の諸側面にまでわたる地域住民の暮らしを支える空間的な機構の創造であるとした。 2:市場町の変遷から論理的に導出される市場圏の動的性格をめぐって、郷という基層空間の形成過程を明らかにした。フィールド調査に加えて四川省〓案館に所蔵されていた"郷鎮区劃糾紛"と題された文書群の分析によって、1940年に施行された新県制の下で、国家形成と並行して進む近代的な編成として、市場圏が郷として領域化されてゆく姿を実証的に明らかにした。 本研究課題の目的を振りかえると、そこには一定の達成と同時に残された課題のあることがわかる。とくに農村研究における空間的な枠組みとして市場圏を位置づける作業はなお進行中と言わざるをえないが、日本地理学会での報告(2007年3月)で次の見通しを提示した。 3:村落を過度に重視する日本的バイアスを農村概究に対して指摘したうえで、重層的に展開する生活空間の中で市場圏が占める位置はフィールドの歴史地理において理解されるべきであるとした。
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