本研究ではフィリピン南部のスールー諸島およびその周辺地域(以下「スールー海域世界」と記す)に関して、そこで生活する各民族集団、すなわちタウスグ、サマ、サマ・ディラウトなど各民族集団毎に民族誌および歴史的資料を収集するとともに、スールー海域世界に生活するそうした海洋民自身ならびに海洋民の生産するいわゆる特殊海産物(ナマコ、フカヒレ、真珠、真珠母貝、燕の巣など)の生産(採取)とその国境を越える移動や越境、流通と消費に焦点を当てて調査研究を実施してきた。その結果、スールー海域世界を中心として東アジアを含むアジア海域世界、インド洋海域世界そしてオセアニアにまで至る特殊海産物の生産と流通・消費・技術移転等のネットワークが存在することが当事者の語りや文献資料等から明らかになってきた。 こうした移動のネットワークは交易や漁労などの生業活動や通婚などの社会的活動などとも関係しながら前植民地期より長期にわたって継続してきたものであり、本研究の調査を通じてそうした歴史的基盤に関しても口承伝承などのデータを含む実地データが収集できた。また海産物の移動や流通に関してはスールーや東南アジア圏のみならず中華文化圏やポリネシアを含む太平洋文化圏とのあいだの広域にわたるモノやヒト、技術の移動に関して、生産当事者自身への聞き取り調査を含めた実地資料や、それを補完する歴史的資料等の収集を実施した。
|