本研究は、各地方に残る民俗芸能のうち、中世〜近世の都市芸能が伝播したとみられるものを選び、その関連と変容について考察しようとするものである。本年度は、従来の既調査分に加えて、できる限り基礎的なデータを集めることを目的として、風流踊を中心に、各地の芸能を調査した。 具体的には、九州地方各地に伝承される太鼓踊について、特徴的なものを選んで調査を行い、もとになった中央の芸能の本来の形を推測しうるデータの採集につとめた。8月から11月にかけて、宮崎県高千穂町の楽踊・同県日南市の盆踊・鹿児島県大浦町の太鼓踊・熊本県山鹿市灯籠踊・長崎県東彼杵町/波佐見町の浮立・同県対馬市の盆踊・佐賀県伊万里市/川副町の浮立などを調査し、これと比較するため、岐阜県郡上市の太鼓踊・愛知県豊川市の笹踊・新潟県佐渡市の太鼓踊・静岡県熱海市網代の鹿島踊などの調査を行った。 現在、これらに用いられた歌謡の採録・楽器の形状や音楽的特徴の分析などを行っているが、見通しとしては以下のとおりである。同じように太鼓踊と称されている芸能であっても、中央での流行には年代的なずれがあると考えられる。初期の拍物の面影をよく残しているものとして、長崎・佐賀の浮立があげられ、高千穂町の楽踊は念仏拍物系とみなされる。太鼓のみ注目されることの多い、これらの芸能だが、他の楽器編成や歌謡との関係から、拍物と認めることができる。大浦町の太鼓踊は、鹿児島に多数分布する太鼓踊の一つだが、これも拍物の系脈を引きつつ、鹿児島独自の展開を遂げてゆく、中間的な芸態を見ることができ、鹿児島太鼓踊の基本型を知る重要な芸能と位置づけることが可能である。一方、日南市と山鹿市の盆踊は近世後期から近代にかけての芸態だが、同じ盆踊でも、対馬市の盆踊は、初期拍物から近世後期まで各時代の芸能が累積された芸態とみなされる。
|