本研究の対象は、ブラジルの都市において1990年以降、貧困層の若者から大きな支持を得ているヒップホップという音楽とスタイルである。研究の目的は、この研究対象の実態を明らかにすることを通して、貧困層の若者がどのように自己を表現しアイデンティティを形成しているかを考察することである。さらに、本研究を事例として、国家の枠を越えて、貧困であり社会的地位の低い若者を魅了する「ピップホップ」というポピュラー音楽を対象としたサブカルチャーの総合的研究の可能性を探った。 まず、研究対象に関する情報と実態を把握するために、ブラジルのピップホップの一形態であるリオデジャネイロの「ファンク」に関する音楽とスタイルを中心に資料収集した。さらに、リオデジャネイロのみならずサンパウロのピップホップの音楽資料を収集し、その歌詞の聞き取りおよびデータ化を進めたo研究対象はブラジルに限定せず、ピップホップ研究において先進的である北アメリカの研究蓄積を土台にして、北アメリカの事例とブラジルの事例を比較し、ヒップホップという音楽とスタイルを対象としたサブカルチャーの総合的研究に向けた理論的枠組みの構築を進めた。 今年度は音楽資料と言説資料をさらに収集し、ネイティブの協力を得て資料の文字化が進んだ。最終的に、文脈を越えてピップホップが共通して表現する事柄と、ブラジルの文脈から切り離せない独自の表現と言説とを比較研究した。さらに、本研究を、大衆音楽研究としてのみならず、都市貧困者を対象とする文化人類学的研究としても位置づけたい。
|