本研究においては、ナチズム期のユダヤ人抑圧立法、とりわけ1935年9月15日に制定された「ニュルンベルク法」(「ライヒ国旗法」「公民法」「ドイツ人の血とドイツ人の名誉の保護のための法律」)の思想史的、歴史的背景を探った。本研究の概要は以下のとおりである。 1.「ニュルンベルク法」を施行令や注解書を参考としつつ、論点となっている諸概念を具体的に検討した。特に国家所属員と公民およびユダヤ人の定義については、本検討によって新たな知見が得られた。「公民法」では、国家所属員と公民とを区別して、公民からユダヤ人を排除しているが、これは1920年に公表されたナチス「党綱領」の具体化にほかならない。ユダヤ人の定義についても、人種と宗教という2つの観点から定義づけられているが、人種については科学的根拠がなく、結局はユダヤ教徒がユダヤ人と見なされているのである。言い換えれば、ナチスにとってユダヤ人とはユダヤ教徒を意味するのである。 2.「ニュルンベルク法」の解釈を前提とした上で、反ユダヤ主義思想の要因を様々な角度から探った。特に、ゲオルク・イェリネック、マックス・ヴェーバー、カール・シュミットといった思想家の所説を事例としながら要因分析を行った。イェリネックの『人権宣言論』(1895)の徹底的研究、ヴェーバーの『古代ユダヤ教』(1921)とシュミットの『憲法論』(1928)の比較検討等を通じて、公民概念、市民概念、人権概念、基本権概念と反ユダヤ主義との思想史的関連性を明らかにした。一見、無味乾燥に見えるこれら法概念の歴史的変化が、ユダヤ人の権利・自由にも密接に関連していることが、この分析を通して浮き彫りになった。 3.今後の研究課題・展望としては、ドイツの反ユダヤ主義思想と19世紀末以来数多くのユダヤ人が居住しているアメリカ合衆国のそれとの異質性を探究することが挙げられる。この作業を通して、ドイツ法制度の特殊性がより一層明確になると思われる。
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