本年度は以下の成果をあげた。 (1)論文として「『生殖管理国家』ナチスと優生学」を執筆した。太田素子・森謙二編『「いのち」と家族-生殖技術と家族I』に収録され、2006年8月に出版予定である。本論文は、断種法を一連の生殖管理法制の1つとして位置づけ、ジェンダーの視点にもとづき、ナチスにおける生殖管理の実践とその帰結を検討した。ナチスにとって、断種法(抑制的優生学)と少子化対策(促進的優生学)は国家主導による生殖管理の楯の両面をなしていた。ナチスは、医師や福祉関係者などの専門職を「強制的同質化」に追い込み、「性と生殖」を網羅的に管理して、生殖に関する「プライバシー権」を完全に否定する。ナチスの非人道的な生殖法制を支えていたのは、その人間像である。ナチスは国家に貢献する「心身ともに健康な人間」を理想化した。乳幼児期や老年期など他者からのケアを要する「受動的存在」の期間をできるだけ短くすることと、ケアに要するコストを最小限に抑制することが追求された。優生学の問題はコストの基準をどこにおくかという問題と不可分に関わる。 (2)論文集『ジェンダーの比較法史学』の編著者として課題と問題点を整理したが、そのなかで「性と生殖」に関する研究動向をふまえて「ジェンダー秩序」の類型化を試みた。優生学の日欧比較の前提となるのは、「公」的領域(国家・市場・公共圏)と「親密圏」(とくに家族)との関係である。ナチス優生学に対する根本的批判は、西欧近代的な「公私峻別型」社会構造が否定されはじめる1970年代以降に登場する。近代日本は「公私非分離型」をとり、戦後も「峻別型」には移行しない。こうした公私関係の差が、日本における優生学の「内面化」を促進する背景となっていると推測される。
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