本研究を行っている間に、国連は、「腐敗防止条約」と「組織犯罪防止条約」を採択した。それらのなかでは、公務員腐敗犯罪に関して、腐敗の定義と射程、腐敗防止の諸方策、資金洗浄の前提犯罪としての腐敗犯罪の性格づけ、腐敗収益資金の返還、一定条件での犯人引渡、特定の訴追手続の導入などが定められるようになった。これらの定めにより、この領域での国際的協力・国際的共同取り組みがより可能になったに違いなく、大きな意義があるのは明らかである。 しかし、本研究を通じて以下の問題点も存在していることも言える。つまり、一方では、定められた「腐敗犯罪」定義や射程は、妥協的で抽象的概念にとどまっており、提唱されている諸方策も条件つきのようなものであって、法的概念として、または、法規範としては実用性・実効性に乏しい。他方では、定められた多くの特定の訴追手続は、あくまでも特定の法体系を前提としたものであって、そのような法体系のもとであれは、はじめて期待されるような効果が発揮できるものである。にもかかわらず、その前提を捨象して、特定の手続の導入だけを提唱している。そのために、各国はそれぞれの利害や独自の思惑で腐敗の定義やその射程を解釈することも、自分にとって都合のよい特定の訴追手続をその前提を考えずに導入することも可能となっているし、事実上も、そのようにしている。 本研究は以上のような問題を提示したあと、国際的動きと国内的対応との統一、「外」たる視点と「内」たる視点の統一、国際法と国内法の統一をはかるために、以下のような提言を行う。 まず、公務員腐敗犯罪を規制するための条約などを定めるに当たっては、各国内における憲法のように、そのための法的理念・法的根拠をまずはっきりと示して定める必要がある。 次に、上述したような「国際的憲法」のような理念・根拠に基づいた、統一的腐敗犯罪の定義・射程を確定した上で、具体的対策・特定の訴追手続のレベルにおいては、各国の法体系などの特殊な事情を十分に念頭に置いて、同じ理念・目的を実現するためには、あえて異なる対策・訴追手続を認めるようにすることが必要である。 最後に、公務員腐敗犯罪に関する国際的条約などを実用性・実効性のある「法的規範」にする必要がこれからの課題である。
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