本研究はまず、予防原則及び化学物質規制に関する従来の議論並びにREACH案の規定の分析を通じて、REACHの「登録」「認可」の二制度が(どのような意味において)予防原則の適用といえるのかを考察した。化学物質規制における上市前届出・認可制度は従来一般に予防原則の適用としての「証明責任の転換」と評価されている。しかしながら、研究から、「認可」制度がハザードのみを理由に一旦物質を禁止する措置であって、その導入は環境上の目標の引き上げを伴う予防原則の新たな適用とみなしうるのに対し、「登録」は現行予防的制度の科学的不確実性に関する判断の方法を基本的に維持しつつ、現実の機能不全を改善するため、予防原則とはやや異なる観点から証明責任の再配分を行ったものと評価できることがわかった。関連して、予防原則の適用という観点からは、事前承認制と単なる届出制とは区別する必要性も示唆された。 本研究はまた、既存化学物質の情報収集に関し、日米が自主的取組によっているのに対しEUだけが(REACHにより)事業者の法的義務と位置付けた理由を、最大の被規制者である化学工業界及び規制側(EC諸機関及び加盟国)の動向から探った。化学工業界は、当初自主的取組を主張したものの、化学物質白書の公表を境に法的規制を前提とした対象・要件の議論に重点を移す。理由として、EUが目指す広範なリスク管理において自主的取組は機能しがたく、法制化は競争条件の平準化等企業にとって望ましい面があったこと等が考えられる。政策決定者側の要因としては、環境先進国が議論を先導したこと、規別案策定までは環境理事会がイニシアティブをとるなど・、環境政策の枠組みで議論が進められたことが挙げられる。予防的政策決定を可能とする制度的要因については今後さらに実証的な研究が必要と考える。
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