本年度は前年度からの、社会科学及び自然科学他分野の、認知や行動に関する文献を読む作業を進めるとともに、前年度から引き続きの、国会議員の政党間の移動行動に関する論文に取り組んだ。論文では、政党間の競争及び連合の可能性に関する議員の認識及び議員自身の移動の結果に関する利得への期待により、その移動行動を説明する論文に取り組み、一応の完成をみた。本論文の新しい点は、従来、政治学の連合理論においては、政策追求及び政権追求モデルに見られるように、議員は同一の目的-すなわち政策か政権のいずれか-を持ち、同一の状況認識-すなわちどの政党が最も有利かに関する認識-を持つとしてきた前提を覆し、議員の選挙基盤や政策に関する立場によって、これらの目的や認識が異なってくるとの前提にたったことである。論文は、国際的なプロジェクトの一貫として、現在、研究書の一章としてレビュープロセスにある。しかしながら、本年度の最も大きな収穫は、人間の認識によって行動が異なるという視点を、比較政治学方法論の中に位置づける論文の一応の完成をみたことである。個人レベルの行動-特に合理的行動-を比較政治学の中に位置づけることに関しては、政治学の中に大きな意見の差異があった。いわゆる合理的選択理論が、個人の合理性を前提とする仮説から演繹的に比較研究を行うことに関しては、歴史社会学的な伝統的な政治学の手法を使う立場から批判があった。論文では、合理性の概念を経済学的合理性でなく限定合理性として、観察や実証に基づいて個人の合理性を個人がおかれた状況や環境に即して定義することによって、実証研究としての価値を持ちうることを、いわゆるデュヴェジェの法則(小選挙区制の下では二大政党制が生じやすい)の例を用いて示した。
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