本研究は、わが国の為替レート政策のマクロ経済効果について、包括的な比較実証分析を行うことを目的とする。本年度は、昨年度に実施したデータ整備や文献サーベイなどを踏まえ、具体的な実証分析を行った。ここで用いるアプローチは、最近の計量分析の主流である時系列アプローチである。具体的には、多変数システムに基づくベクトル自己回帰(Vector Autoregression、VAR)モデルを利用した。変数としては、GDPギャップ、為替レート(円ドルレート)、金利(実質コールレート)、株価(日経平均株価の実質値)、インフレ率(消費者物価指数の前年比)である。GDPギャップ変数の推計には、潜在GDPとして統計的なトレンドを採用する研究もあるが、ここでは日本の90年代以降の長期停滞(持続的な需要不足)を捉えるため、コブ・ダグラス型生産関数に基づく推計値を採用した。推計期間は1983年から2004年である。 標準的なリカーシブ制約に基づいて、(GDPギャップ、株価、金利、為替レート)の4変数システムを推計したところ、為替レートショック(円安ショック)は、GDPギャップに短期的にわずかなプラスの効果をのみで、中長期的にはGDPギャップに対してマイナスの効果(負のGDPギャップの拡大)をもたらすことが示された。この結果は、変数の順序を変えても、またインフレ率を追加した5変数システムで推計しても同様であった。これは、円安による支出スイッチ効果が、全体として非常に限定的であり、むしろ長期的なコストプッシュ要因がもたらすマイナス効果が上回っていることを示唆している。為替レート変化(相対価格の変化)が支出へ及ぼすプラス効果は、不況脱出の処方箋として提唱されてきた「円安誘導」論にとって不可欠であるが、その実際の効果は限定的であることが示された。 来年度は、以上の結果をベースに、他の推計モデルや識別制約に関する追加検証を行い、その成果を論文として取りまとめる予定である。
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