現代の社会保障システムにおいては企業内の雇用慣行によって担われる部分が大きい。それが日本に限らない普遍的傾向であることは、近年の経営・労働史研究によって明らかになりつつある。雇用流動化がうたわれる今日においても、企業はそうした負担部分から完全に自由ではあり得ない。そうした視点から、国有鉄道の人事制度や労使関係の変遷を実証的に跡づけつつ韓国の雇用・労働史を再構築するのが本研究のねらいである。 平成16年度は、1945年以前と解放直後の時代を対象に、鉄道や電力産業で企業内身分資格の一般的上昇により、植民地期には上位身分に限っていた生活保障型処遇制度が広く大衆化された形で出現したこと、それが戦後韓国の雇用慣行形成に影響を与えたことが明らかにされた。 本年度の研究では、経済開発期の1960年代におきた変化に焦点を当てた。50年代まで、雇用員、5級、4級、3級へと内部昇進による連続性を強めていた人事制度は、技能職制度の導入を契機に、管理職やその候補となる一般職と現業の技能職に二分される。その意義は、第一に、急速な学歴上昇により高学歴人材不足が解消し、高級人材の調達方法として外部市場からの学卒採用が定着したこと。ただし管理職の給源として中程度の学歴者を対象とする内部養成は紆余曲折をへて維持されてきた。韓国は高学歴化速度が速い中、古い伝統を持つ鉄道でさえ内部養成には障碍が多かったのである。第二に、管理職昇進において勤務成績より試験制度が重視されるようになった。学歴重視、早い選抜、その結果としてキャリアー組とノンキャリアー組の確実な線引きという特徴がここで形成される。第三に、こうした線引きには現場労働者からの抵抗があり、結局、試験による下位管理職昇進、技能職内部での処遇改善と生活保障型の維持という妥協がなされた。韓国企業の雇用慣行における重要な軸の一つがここで形成された。
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