平成16年度は、調査対象地域である広島県福山市内海町(田島と横島の2つの離島から構成される)において、集中的に聴き取り調査を実施し、関連する資料を収集した。1945年以降の、当該地域社会の変容過程を把握するため、聴き取り調査のポイントを2つの点においた。1点めは地域行事の変化の過程をおさえることである。2点めは当該地域社会出身者が戦後に従事した産業の変化と就業構造の変化の過程をおさえることである。1点めについては、一定の研究成果を得ることができたので、下記に記述する。2点めについては、データを整理している段階である。 調査対象地域である田島の町地区では、1980年代に氏神神社の祭礼に大きな変化が生じた。1984年に神輿渡御にあたって、隣接する横島地区との間で神輿ジョイントを実施したのである。異なる自然村どうしの間で、神輿渡御の合同イベントが企画・実現するのは、稀なことである。この2年前から町地区では、祭礼に特化した機能集団が結成され、地域自治会とは距離をおいて活動していた。当時の地域自治会役員層の祭礼運営の方針とは相容れない神輿ジョイントのアイデアは、この機能集団によって実行されたものであった。機能集団の革新的行為は、祭礼慣行を遵守する地域自治会役員層の発想とは乖離するため、この行為をどう評価すべきか、その解釈をめぐっては不安定な要素があったが、機能集団の存在や行為は、次第に地域社会の支持を得ていった。現在では、地域行事の実施にあたって、この機能集団の協力が欠かせない状況になっている。 集落コミュニティが担う機能の中で、祭祀慣行は最も変化しにくいものである。このような革新的な行為の出現を支えた仕組みを明らかにするために、聴き取り調査によって、機能集団の中核的人物のライフ・ヒストリー・データを収集・分析した。その結果、中核的人物は青年の頃から、複数のアソシエーション集団の活動に関わることによって、「人と人との関係性の資源」を形成・蓄積してきたことがわかった。また、神輿ジョイント実現にあたっては、自営業主層のネットワークを活用することによって、異なる自然村との間の合同イベントを実行できたことが明らかとなった。 このようにライフ・ヒストリー分析によって、中核的人物が、アイデア実現のため重要な資源となった「重要な他者」を身辺に獲得し、配置していった過程について、時間的パースペクティブ、空間的パースペクティブをとりいれて考察することができた。つまり、パーソナル・ネットワーク分析でいうところのエゴのパーソナル・ネットワーク形成が、地域社会における「Social Capital」「人と人との関係性の資源」に深化していく様相をとらえることができた。このように、平成16年度の研究では、地域社会における「Social Capital」「人と人との関係性の資源」の形成過程、および、祭礼が変容する過程を通して、個人史と地域社会構造の連関を解明することができた。
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