1)失業者支援における公的扶助の位置づけをウェブ夫妻・W.ベヴァリッジのナショナル・ミニマム論から、そして失業者の社会的認可および概念化の歴史についてはC.トパロフ・D.ドマジエールの文献から検討した。理論的かつ歴史的に見れば、失業とは短期・過渡的な状況と性格づけられ、その支援の中心は所得保障(失業保険および扶助)よりも職業訓練および職業配置(紹介)とされていたことが、明らかになった。失業者支援で公的扶助が浮上するのは、きわめて今日的現象(1980年代末または90年代以降)であること、それは失業および失業者の性格の変容(大量失業・長期失業・失業の若年化)というコンテキストに負っていることを、フランスの事例から確認した。一方、わが国の生活保護制度は理念においても失業者保障の準備ができておらず、その受給動向から見ても失業者の捕捉はきわめて弱いことが明らかになった。以上の理論的整理および実態分析の一部を、『公的扶助研究』194号、195号において公表(C-7の研究発表を参照)。 2)面接調査(パリ市および広島市・福岡大牟田市)から日仏の失業者を比較すると、フランスでは扶助(RMI(エレミ))受給が当然視され普及しており、ソーシャルワーカーの雇用(再)確保支援方法に不満を表明していた。他方、わが国の失業者では生活保護受給経験の人も保護を辞退しており、失業から扶助に到る例は、所得が欠如している場合も殆ど見られなかった。日本では再就職に急ぎ、とくに青年層では非正規雇用-失業のサイクル循環となり、再確保の雇用は不安定性が顕著であった。わが国の失業者は、フランスよりもネガティブな(自己否定の)アイデンティティをもっていること、彼らの社会的なニーズはよくて雇用の質についてであり、生活保護はもちろん社会的な生活保障をめぐるものではなかった。
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