本年度は研究の最終年度であり、これまで行ってきた史料の収集とその考察の上にたって、3年間の研究のまとめを行った。その結果明らかになった主な点は、(1)自叙伝を歴史研究の史料として使用することの意味。自叙伝には公的な文献史料ではうかがいしれない、子ども時代の生活状況や学習過程、人間関係を通して得られた経験などの豊かな記述が見られる。自叙伝は主観に彩られ、記憶によって支配されており、そのような自叙伝を史料として用いることには「問題」があるという考え方もあるが、本研究では、自叙伝の主観性の中にこそ書き手にとっての「真実」が埋め込まれており、自叙伝の内容は個人的なものであるとともに、社会によっても刻印づけられていることを明らかにした。(2)自叙伝を用いて行うセクシュアリティ研究の意義。セクシュアリティ研究にとって自叙伝は非常に有効な史料となりうる。自叙伝執筆者の多くは男性であるが、自叙伝に描かれた男性たちの性に関する叙述を考察することで、男性たちの性的な「成長」や「発達」は、「男性が主導権を握る異性愛社会」の文化・価値観を習得し、その成員の一員となっていく「社会化」の過程に他ならないことが明らかとなった。(3)高学歴男性エリートにとっての学歴の意味。自叙伝を書いている高学歴男性にとっては、これまでの学歴研究において言われてきた帝国大学と私立大学や、大学と専門学校との格差はさほど認識されておらず、その叙述は立身出世イメージとも乖離していたことが明らかになった。
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