(1)田中耕太郎とジャック・マリタンの影響関係について 田中耕太郎はジャック・マリタン著、岩下壮一訳『近代思想の先駆者』(同文舘、1936年出版)を通して初めて、人格性と個別性の概念に基づくマリタンの形而上学的人格論に接した。同じく1936年に、田中はフランス・ムードンのマリタン邸を訪れ、それ以来マリタンとの親交を深めて行った。田中の還暦記念論文集の『自然法と世界法』(1954)年にマリタンが寄稿しているのはその一つの証左である。 マリタンの人格論の田中への影響は、『平和の法哲学』(1954年)、「法の本質」(1956年)、『教育基本法の理論』(1961年)に見ることができる。とくに『教育基本法の理論』においては、個性の概念を物質性を基盤に理解しており、そこにはマリタンの形而上学的な個別性理解の影響を明白に見て取ることができる。 他方、マリタンの人格論と田中の解釈の間には、微妙なズレがあり、それが田中の人格論の特質を示しているものと思われる。 (2)田中耕太郎の人格と個性の概念について 「人格」は重要な法概念であり、それは商法学者であった田中にとっても同様である。また田中は、「個性」の概念を自らの商法理論(商的色彩論)を構築する重要な鍵概念として用いている。マリタンの「人格性」「個別性」の概念と田中の「人格」「個性」の概念の影響関係を明らかにするには、田中の商法学者時代の「人格」と「個性」の概念の用い方を十分検討する必要がある。
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