本研究は、明治34(1902)年に来日した英国人女性教育家E.P.ヒュース(Elizabeth Phillip HUGHES、1851-1925)の思想や日本教育界への提言が、本邦美術教育思潮に及ぼした影響を検証しようとするものである。 研究の初年度(2年計画)である本年度は、国内においては東京(国立国会図書館・東京大学)、佐賀(県立図書館・佐賀大学)、長崎(県立図書館・長崎大学)、大分(大分大学)、秋田(県立図書館・秋田大学)、筑波大学において資料収集を行い、英国ではヒュースの生地South Wales Carmarthenと出身大学Cambridge Newnham College及び、彼女の設立になるHughes Hall(創設時はCambridge Training College for Women Teachers)で基礎調査を実施した。また大英図書館で関連文献資料の収集に努めた。結果、以下のような知見が得られた。 1.HUGHEは我が国ではヒューズと表記(発音)されることが多いが、Elizabeth Phillips HUGHESに関しては往事の文献のとおりヒュースとするのが妥当であり、またHUGHESは、Carmarthenあたりでは普通にみられるファミリーネームであることがわかった。 2.英国においてE.P.ヒュースはあまり知られておらず、むしろ父親(外科医師で地元の名士)と兄(メソジスト派の宗教改革者)の方が有名であり、彼らに関する伝記等が複数刊行されていることが確認された。 3.ヒュースにより黒板画ブームとでも言うべき現象が生起されたことはすでに礒部が指摘している(「『ヒュース嬢』と黒板画ブーム-教育略画の系譜に関する研究1-」『美術教育学』第25号、2004)が、今年度収集した資料に既収資料を併せて精査したところ、黒板画関連の文献資料数が明治36年から40年(1903・1907)に突出して多いこと(「黒板画の本-教育略画の系譜に関する研究2-」『大学美術教育学会誌』第37号に発表、2005)など、改めてヒュースの影響が確認できた。
|