ボーチャーズ積とはある種のヤコビ形式を種にしてIV型対称領域の保型形式を積の形で与えるものであった。IV型対称領域ということでK3曲面の幾何(特に数え上げ幾何)との関係が当然予想されるが、より一般に高次元のカラビ・ヤウ多様体にも一般複素幾何の言葉を使えば同様な無限積が考えられる可能性があることを研究した。このようなボーチャーズ積の類似は幾何学的には「層(Dブレーン)の足し上げ」と関係し、3次元のある状況では漸近展開を介してグロモフ・ウイッテン不変量と関係するものと期待される。またカラビ・ヤウ多様体を弦理論のコンパクト化に利用したときのBPS状態を記述するある種のゼータ関数の「Euler積」と見なせ、物理的にも重要であると思われる。 前年度からの研究の継承であるが、切断を有する3次元楕円カラビ・ヤウ多様体に対して、上記のボーチャーズ積の類似を具体的にさらに詳しく研究した。積におけるすべての因子を求めるのは現時点では非常に困難であるので、先ず楕円ファイバー方向の数え上げ幾何に対応する因子を調べた。F理論との関係で言えば質量ゼロのBPS状態に対応する。具体的には楕円ファイバー方向の全ての種数に対するグロモフ・ウイッテン不変量が予想できたことになる。この予想の整合性をさらに検証するとともに物理から期待されるアノマリー相殺との関係も調べた。 次にカラビ・ヤウ多様体が楕円ファイバー構造のみならずK3ファイバー構造を有する場合の研究を続けた。やはり、積におけるすべての因子を求めるのは非常に困難であるので、K3ファイバー方向の数え上げ幾何に対応する因子を調べた。特に楕円コホモロジーとの関係が明らかになってきた。この様なカラビ・ヤウ多様体にコンパクト化したF理論はK3上にコンパクト化した混成弦理論と双対関係にあることが予想されており、そのような混成弦理論の摂動的BPS状態を考察していることになる。具体的な成果としてはK3ファイバー方向の全ての種数に対するグロモフ・ウィッテン不変量が明示的かつ組織的に予想できたこと、そしてその整合性をさらに深く検証したことにある。 ボーチャーズ積は保型形式になる訳であるが、上記の3次元楕円カラビ・多様体のボーチャーズ積の類似に対してもその保型性の研究に着手し、相当の結果を得つつある。 これらの結果の詳細は現在論文として鋭意準備中である。
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