現在の素粒子標準模型では、ひとくみの基本スカラー場(ヒグス場)が真空期待値を持つことにより、電弱ゲージ対称性の自発的破れを引き起こすと考えられている。しかしながら、標準模型の予言するヒグス粒子は未だ発見されていない。また理論的にも、基本スカラー場の真空期待値が電弱対称性の自発的破れに関与していることを示す強い証拠はない。電弱対称性の破れの起源、つまり、素粒子の質量の起源は未だ謎に包まれている。 この間題に関連し、最近、ヒグスレス模型という新しいアプローチが提案されている。この模型では、TeVスケールにコンパクト化された余剰次元を導入し、電弱ゲージ場は余剰次元方向に広がっていると考える。さらに、余剰次元方向の境界条件をうまく選ぶことによって、基本スカラー場(ヒグス場)を導入することなく、4次元の電弱ゲージ場に質量を持たせることが可能になる。標準模型では、縦波のWの散乱振幅を摂動論的に保つのに、ヒグス粒子の交換が必要であったのに対し、ヒグスレス模型では、電弱ゲージ場のカルッツア・クラインモードの交換によって縦波Wの散乱振幅が摂動論的に保たれている(縦波散乱振幅のユニタリティー)。 今年度は主として、脱構築(デコンストラクト)されたヒグスレス模型について、その電弱補正と、現在の精密測定との整合性に関する研究を行った。脱構築、つまり、余剰次元方向の座標を格子にして離散化することにより、ヒグスレス模型のような余剰次元ゲージ理論の解析を、4次元の非線形シグマ模型のダイナミクスの解析に帰着させることができる。われわれの脱構築ヒグスレス模型の解析によって、クオーク・レプトンがブレーン上に局所化された通常のヒグスレス模型は、縦波W散乱振幅のユニタリティーを保つ限り、LEPなどでなされた精密測定による制限に矛盾することが示された。これは、ヒグスレス模型のパラメータのとり方に依らない非常に一般的な結論であり、現実的なヒグスレス模型を構築する上での強い制限となる。
|