パイロクロア構造を持つ磁性体の研究により、正四面体ネットワーク格子においてフラストレーションの効果が多彩な形で現れることが認識され、実験・理論共に様々な研究が活発に行われている。本研究は、パイロクロア酸化物磁性体におけるスピン相関を中性子回折法により直接観測し、フラストレーションの本質をミクロスコピックに究明することを目標とした。具体的には、スピンアイス系のDy_2Ti_2O_7単結晶に、[111]方向の磁場をかけると、比熱測定等により「カゴメアイス状態」が実現するという予想がされているが、この系のスピン相関を測定し、この「カゴメ格子上のスピンアイス」という理論的シナリオが成立するのかどうか?という問題の解明に取組んだ。スピン相関測定の中性子回折実験は、日本原子力機構およびILLの原子炉にて行い、その結果をモンテカルロ法を用いて解析した。Dy_2Ti_2O_7ではスピン間の主たる相互作用が、双極子相互作用であるため、その長距離成分を注意深く取り扱う計算上の工夫を加えて、比熱および中性子散乱強度を計算し実験データとの比較を行った。その結果、最近接強磁性交換相互作用の場合に予想されるスピン相関、すなわちカゴメアイスのスピン相関とほとんど同じものが、Dy_2Ti_2O_7のカゴメアイスと考えられている磁場-温度領域で観測されることが判明した。これは、カゴメアイスという理論的シナリオを、完全に支持する実験事実を本研究で得られたことを意味する。またDy_2Ti_2O_7では、ゼロ磁場下の3次元スピンアイス状態が、有限磁場下において2次元カゴメアイス状態に変化する(空間次元の移行)という他に類例がない興味深い事実を、実験および理論的に示すことができたといえる。
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