小さい非平衡系では揺動散逸関係が大きく破れている。この破れの程度と熱浴へのエネルギー散逸を結びつける関係式を見出した。(以下、Harada-Sasa等式とよぶ。)この関係式は、第2種揺動散逸関係によって環境の温度が指定されるLangevin記述が正しいなら、非平衡条件下でも系の詳細によらずに成立する。これを逆手にとって、実際の実験でLangevin記述の妥当性を定量的に議論できる。あるいは、理論的には、よりミクロな力学自由度で記述された系に対して、Harada-Sasa等式がなりたつための条件を議論できる。そのもっとも簡単な例題を解析することにより、非平衡条件下における階層移行の理論的研究をはじめることになった。 Harada-Sasa等式のより重要な意義は、Langevin記述の有効自由度の妥当性を実験的に決めれることにある。例えば、あるモーターたんぱくについて、その重心座標が揺らぐポテンシャルをもつLangevin動力学に従うかどうかを実験的に判断したいとする。たんぱくの詳細を実験で調べてこの問いに答えようとする先行研究に対し、私たちの立場では、Harada-Sasa等式の成立の程度を実験的に測ればよい。つまり、たんぱくの詳細を調べる必要がなく、重心座標に対する揺らぎと応答、および、エネルギー入力率だけを測定すればよい。もし、等式がよい精度で成立するなら、その自由度だけで十分な記述を与えていることを意味するし、そうでないなら、重心座標以外の別の自由度が深く関わっていることを意味する。後者の場合、関与する自由度を同定しなければならない。その自由度の探索は、試行錯誤せざるを得ないが、必要な自由度が同定されたかどうかは、つねに、等式のチェックによってわかるのである。
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