「可変構成要素間の熱力学的最適配置」という概念が、圧力誘起による低対称分子性結晶相→分子解離による非晶質状態→高対称結晶相への一連の構造の変化を統一的に記述する上で有効であることを、ヨウ化錫をモデル物質として選び説いた。この考え方に従うと、相転移の途上にある非晶質状態は系のエネルギー-エントロピーの利得による物理的な「結果」として現れる。 この考え方は自然に液体状態にも適用できる。この結果、ヨウ化錫液体では圧力誘起による液相-液相間の相転移が存在すると予想された。昨年報告した通り、ヨウ化錫の低圧結晶相の融解曲線は約1.5GPaを境にその傾きが大きく変化する。これは、即ち、この圧力を境に液体密度が異なるということを意味している。放射光を用いた高温・高圧のその場X線観察実験から、確かにこの圧力付近を境に液体の構造も変化することを明らかにした。これは「可変構成要素間の熱力学的最適配置」の考え方を実験的に立証しただけでなく、黒リンなどの単体以外の一般の化合物について熱力学的に安定な非晶質多体の存在を明らかにしたという意味で極めて価値の高い発見である。低圧側では分子性液体であるが、高圧側ではもはや分子が系の最小単位ではなくなっていると考えられる。「可変構成要素間の熱力学的最適配置」は、正則溶体近似のレベルでは容易に解析的に議論することが可能である。この近似の範囲内でヨウ化錫系の準安定状態をも含めた圧力-温度相図を推定した。第2臨界点が正の圧力側にあること、二つの液体間のモルあたりのエントロピー差として高密度氷と低密度氷とのそれの差の7倍くらいを仮定すると、これまでに見出されているヨウ化錫の二つの非晶質状態の熱力学的存在限界をほぼ定量的に説明できることを明らかにした。これら相図の精査については、来年度以降の課題としたい。
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